大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和32年(行)98号 判決 1961年8月22日

原告 小原院合名会社

被告 大阪国税局長

訴訟代理人 南秀雄 外二名

主文

被告が昭和三二年九月二四日付をもつて、原告の昭和二八年三月一日から同二九年二月二八日までの事業年度分法人税につき、訴外神戸税務署長のした所得金額を金九六〇、〇〇〇円とする決定処分を維持した審査決定中、金九五〇、七〇九円を超える部分を取り消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

原告代表者は、「一、被告が昭和二九年九月二四日付をもつて、原告の昭和二八年三月一日から同二九年二月二八日までの事業年度分法人税につき、訴外神戸税務署長のした所得金額を金九六〇、〇〇〇円とする決定処分を維持した審査決定中、金一四〇、七四七円を超える部分を取り消す。二、被告が前同日付をもつて、原告の昭和二九年三月一日から同三〇年二月二八日までの事業年度分法人税につき、訴外神戸税務署長のした所得金額を金一、〇八四、八〇〇円とする決定処分を維持した審査決定を取り消す。三、被告が前同日付をもつて、原告の昭和三〇年三月一日から同三一年二月二九日までの事業年度分法人税につき、訴外神戸税務署長のした所得金額を金一、九七九、八〇〇円とする決定処分を維持した審査決定を取り消す。四、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

原告は、船舶修理の親請負事業を営む合名会社であるが、昭和二八年三月一日から同二九年二月二八日までの事業年度(以下第一事業年度という)、同二九年三月一日から同三〇年二月二八日までの事業年度(以下第二事業年度という)、同三〇年三月一日から同三一年二月二九日までの事業年度(以下第三事業年度という)の各法人税の確定申告を怠つていたところ、所轄神戸税務署長は昭和三一年一二月五日付で左記のとおり決定処分をなし、原告は同月二九日該処分通知書を受取つた。

事業年度     法人所得金額   法人税額

第一事業年度   九六〇、〇〇〇円 四〇三、二〇〇円

第二事業年度 一、〇八四、八〇〇円 四五五、六一〇円

第三事業年度 一、九七九、八〇〇円 七六六、九二〇円

しかしながら、原告の右各事業年度における実際の所得金額は第一事業年度は金一四〇、七四七円、第二事業年度は欠損金四二九、五〇八円、第三事業年度は欠損金一二三、二七一円であるので、原告は昭和三二年一月二五日右処分に対して再調査の請求を行つたところ、該請求は前記神戸税務署長において同年二月二八日付で却下され、原告は同年三月三日該通知書を受取つた。そこで原告は、右処分を不服として、同年三月二六日被告に対し審査の請求をなしたが、該請求は同年九月二四日付で棄却され、原告は同年九月二六日該通知書を受取つた。ところが、右審査決定は前記のとおり原告の真実の所得と合致しない違法があるので、原告はその是正を求めるため本訴に及ぶ。と述べ、

被告の答弁ならびに主張に対し、

原告会社に正規の簿記の原則による適正な諸帳簿の備付けがなく、また会社内部の経理統制が全くできてないという点は争う。訴外神戸税務署長より補正を命ぜられた証拠書類は既に同税務署長宛に提出してある。かりにそうでないとしても、審査の段階において被告に提出済である。売上金額については、第二、三事業年度分は被告主張のとおりであるが、第一事業年度分は金一五、八四五、一六〇円である。被告主張の営業利益率六%は認めない。すなわち、被告の右営業利益率算出の方法に従つていえば、その工業費率、戻しリベート費率、人件費率はいずれもそのとおりであるが、その他の営業費率一五、一四%は争う。被告は原告の事業を単純に印刷ブローカー、織物ブローカーの業種と同一視することにより、原告の年間のその他の営業費を勝手に金二、四〇〇、〇〇〇円と推計した結果右の営業利益率を算出したに過ぎないものであるが、右その他の営業費は第一事業年度の精算表(乙第六号証の二、甲第一号証の一部分と同一)記載の金額が正しく、これによつて営業費率を算出すれば二二、七四%となる。

算式(4,094,504-492,000)÷15,845,160×100=22.24%

してみると、

売上 工業費 リベート 人件費 その他の営業費

100%-61%-13%-4%-22%=0

となり、営業利益率は皆無である。したがつて、被告主張の営業費率六%を基準に算定した原告の本件係争各事業年度分の所得金額は誤りである(ただし事業税の損金算入についての除加算法は認める)。と述べた。

被告指定代理人らは、まず本案前の抗弁に基いて、「原告の訴を却下する。訟訴費用は原告の負担とする」との判決を、ついで本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

本案前の抗弁として、

原告の請求は適法な訴願手続を経ていない不適法な訴であるから、当然却下されるべきである。すなわち、

原告が、訴外神戸税務署長のなした本件係争各事業年度分の法人税決定処分に対し、昭和三二年一月二五日付を以て再調査の請求をなしたのは事実であるが、およそ法人が法人税の賦課処分に対して再調査請求をするに際しては、法人税法施行規則第三二条により、その請求書に証拠書類を添付することを要し、もしその添付がなく、かつその補正にも応じない場合には、請求の方式に欠陥があるものとして法人税法第三四条第七項によつて該請求は却下せられるべきところ、原告の請求書には右証拠書類が欠けていたから、同署長は同年二月七日、同法第三四条第六項に基き、原告に対し右欠陥の補正を求めるため、財産目録、損益計算書、貸借対照表等の書面を同月一三日までに提出するように促したにもかかわらず、原告は同期日を過ぎても右補正書類を提出しなかつたので、同署長は右再調査請求を却下した次第である。なお右の事実関係をさらに詳説すれば、前記再調査請求にあたつて添付を要する証拠書類の範囲は、税法上特段の規定はないが、原告のごとき合名会社においては、商法上正規の簿記の原則によつて記帳された諸帳簿の備付けと毎決算期毎の財産目録および貸借対照表の作成が義務づけられているのであるから、再調査請求の趣旨に照らし、右の決算報告書およびこれらの附属明細書が含まれると解され、しかも右証拠書類となりうる決算報告書は、あくまで正規の簿記の原則によつて記帳された諸帳簿に基き決算の時期において適正な決算手続を経由して作成されたものでなければならないのであつて、右のような正確な諸帳簿がなく、また決算期にも決算報告書が作成されないまま時日を徒過している場合には、後にあらためて決算をおこなうことは会計処理の技術上不可能なことであるから、かかる場合かりに何らかの計算書類が作成されたとしても、それは単なる数字の集約加除の羅列に過ぎず、到底再調査請求に添付を求められている証拠書類とはいい難いものである。しかるに、原告会社においては、単に売上、仕入のフアイル式リストがあるのみで、正規の簿記の原則により適正な諸帳簿の備付けがなく、本件係争各事業年度の決算期においても商法所定の決算書類は作成されず、また右各事業年度分の確定申告もなさなかつたのであるが、さらに前記再調査請求に際して、所轄神戸税務署長よりなされた補正指示にもついに従わなかつたものである。もつとも原告は、第一事業年度分について、神戸税務署担当係官に対し、当該年度の精算表を提出してはいるが、該精算表は、同係官の再三にわたる督促により、決算時期より長時日を経た昭和三一年九月に至つて始めて作成提出されたもので、前記原告会社の経理内容ならびに右精算表作成の経過よりみれば、再調査請求に際して添付を予定されている証拠書類とはとても解しえないものであるから、右精算表が提出されているからといつて前記補正指示に従う必要がないといえないこと勿論である(ちなみに、第二、三事業年度分については何らの書類も提出されていない)。

原告は右再調査請求の却下に対し、原告主張の日時さらに被告に審査の請求をなしてきたが、被告において前記理由による再調査請求却下の決定を相当と認め、同時に右再調査請求の目的となつている前記各原処分の当否についても実質的に審理した結果、これも正当と認めたので、本件各審査決定をなすに至つたものである。

このように、原告の本件各再調査請求は形式的事由(請求の方式の欠陥)によつて不適法なものと認定されて却下され、被告もまた右却下決定を正当と認めて棄却したのであるから、原告は本訴についていまだ適法な前審手続を経たものとはいえない。と述べ、本案についての答弁ならびに主張として、

原告の請求原因事実中、本件各審査決定は実際の所得と合致しない違法があるとする点を除くその余の事実をすべて認める。

本件各審査決定は、左のとおり正当になされた原処分を是認したものであつて、何ら取り消すべき違法はない。すなわち

訴外神戸税務署長が昭和三一年一二月二五日なした原告に対する本件係争各事業年度分の法人税課税決定処分はつぎの経過による。

まず、既に述べたとおり、原告会社には正規の諸帳簿の備付けがなく、また会社内の経理統制が全くできていなかつたので、法人税法第三一条の四第二項の規定により左のとおり推計して計算した。

(一)  売上金額

第一事業年度は、精算表(乙第五号証)が原告より神戸税務署長に対して提出してあつたので、同精算表の売上金額を基準とし、これに売上金額の脱漏を推計して加算した。

第二、三事業年度分は、神戸税関において関税法違反の疑いにより原告会社より押収した書類により売上金額を推計した。その結果、原告の売上金額は少くとも

第一事業年分 金一六、〇〇〇、〇〇〇円

第二事業年分 金二〇、〇〇〇、〇〇〇円

第三事業年分 金三五、〇〇〇、〇〇〇円

を下廻るものではないと認定した。

(二)  営業利益金額

つぎに、左に述べるような推計方法に基いて、原告の営業利益率を六%と算定した。

(1)  原告会社の事業内容は、外国船舶の修理を引受け、その修理を修理業者に依頼すること、すなわち修理の仲介を業務としているのであるが、原告会社の事業成績と比較検討する他の同業種法人が見当らないので、前記第一事業年分の精算表(乙第五号証)の各数字を基礎として、つぎのとおり営業利益率を算出した。

(イ)  工業費率 六〇、八五%

乙第五号証によれば、工業費(船舶の修理業者に支払う費用であり、原告の売上金に対する原価である)は金九、六四二、九〇九円、これの売上金額金一五、八四五、一六〇円に対する割合は、

9,642,909÷15,845,160×100=60.85%

(ロ)  戻しリベート費率 一二、三五%

乙第五号証によれば、戻しリベート費(修理の依頼を受けることにより外国船舶の船長等に支払うリベートで、原告の経費の一部になるもの)は金一、九五七、〇〇〇円、これの売上金額に対する割合は、

1,957,000÷15,845,160×100=12.35%

(ハ)  人件費率 三、一%

原告会社の従業員は、代表者と女子事務員一名位で比較的少人数であるが、乙第五号証では人件費が営業費のなかに含まれその内訳が分らないので、神戸税務署の源泉所得税係員が別個に調査決定していた資料に基き、右人件費は金四九二、〇〇〇円と認めた。これの売上金額に対する割合は、

492,000÷15,845,160×100=3.1%

(ニ)  その他の営業費率 二一、四二%

乙第五号証によれば、原告会社の営業費は金三、八八七、〇二四円であるが、これには前記人件費が含まれているからこれを差引いた残額の売上金額に対する割合は、

(3,887,024-492,000)÷15,845,160×100=21.42%

(2)  乙第五号証によれば、原告会社の工業費率等は右のようになるのであるが、そのうち、その他営業費については、各明細が全く不明であり、その内容数字に信憑性が乏しいので、神戸税務署長は、原告会社の従業員数、仲介を業務とする事業内容等を考慮して、前記の数字にかかわらず、つぎのように原告会社の営業費を推認した。

すなわち、原告会社の従業員数は、二名ないし三名であり事業は外国船舶から修理の依頼を受け、修理業者にその船舶の修理を依頼するだけであつて、その事業に要する経費は、出張旅費等と事務費の外は必要としない。したがつて印刷ブローカーや、織物ブローカー等の営業経費と比較すれば、原告会社程度の規模であればその他の営業費は一ケ月当り金一五〇、〇〇〇円ないし二〇〇、〇〇〇円で充分と認められ、結局原告会社のその他営業費は年間二、四〇〇、〇〇〇円と判断した。

そこで原告会社のその他営業費は金二、四〇〇、〇〇〇円としこれの売上金額に対する割合をみれば、一五、一四%となる。

2,400,000÷15,845,160×100=15.14%

(3)  原告会社の業務内容と比較的類似していると認められる印刷ブローカー、つまり、印刷物をその需要者から注文を受け、印刷業者に印刷の注文を出して出来上つた印刷物を需要者に納品する印刷物の仲介業者のその他営業経費率は、大阪国税局において作成している統計資料(法人審理提要―乙第一一号証の一、二)によれば、一九、九%となつている。しかし右営業費率一九、九%中には戻しリベートも含んでいるのであつて、原告会社の場合、戻しリベート費率一二、三五%を加えれば、営業費率は二七、四九%にもなるのであるから、前記神戸税務署長の認定した原告会社のその他営業費は決して過少ではない。

(4)  以上のように計算した工業費率、戻しリベート費率、人件費率およびその他営業費率に基き、営業利益率をつぎのとおり六%と算出した。

売上 工業費 戻しリベート費 人件費 その他営業費

100%-61%-13%-4%-16%=6%

(5)  右の原告会社の営業利益率は、原告会社の昭和二八年度分(第一事業年分)について計算したのであるが、昭和二九、三〇年度分(第二、三事業年度分)については、原告は何らの資料も提出しなかつたので、昭和二九、三〇年頃は一般経済状況は相当活況を示し、船舶関係の業者の営業利益は昭和二八年度よりさらに上昇していたものではあるけれども、一応昭和二八年度の営業利益率六%をそのまま昭和二九、三〇年度に適用した。

そこで本件係争各事業年度における原告の営業利益金額を計算すれば

第1事業年度分 16,000,000×0.06=960,000円

第2事業年度分 20,000,000×0.06=1,200,000円

第3事業年度分 35,000,000×0.06=1,100,000円

となる。

(三)  所得金額

第一事業年度分は、営業利益金額にさらに除、加算すべきものはないから、金九六〇、〇〇〇円が、第二事業年度分は、前年度所得金額に対して課税される事業税金一一五、二〇〇円を損金として控除した残額金一、〇八四、八〇〇円が、

第三事業年度分は、右と同じく事業税金一二〇、一七〇円を控除した残額金一、九七九、八三〇円が、

それぞれ原告の所得金額である。

以上のように述べた。

証拠<省略>

理由

一、原告がその主張のような事業を営む合名会社であり、昭和二八年三月一日以降同三一年二月二九日にいたる三事業年度の法人税の確定申告を懈怠していたところ、所轄神戸税務署長が昭和三一年一二月五日付で原告主張のような内容の課税決定処分をなし、原告がこれを不服として同税務署長に対し再調査の請求をなしたが、却下され、さらに被告に対し審査の請求をしたけれども、昭和三二年九月二四日付でこれが棄却されたことは当事者間に争いがない。

二、被告は本案前の抗弁として、原告の請求は適法な前審手続(訴願手続)を経由していないから不適法である旨主張するので、まずこの点について判断する。

被告は、原告が前記神戸税務署長の原告に対する法人税課税決定の処分についての再調査請求に際して添付を要求される証拠書類を欠いていたので、その補正指示がなされたにもかかわらず、ついに必要書類を提出しなかつたため、同署長はその再調査請求を却下したのであり、さらに右却下決定に対してなされた原告の審査請求に対しても、被告は右却下決定処分を相当と認めたから審査請求棄却の決定をなしたものであり、したがつて原告はいまだ原処分について適法な訴願手続を経ていない旨をもつて原告の本訴請求が不適法であると争うのであるが、原告の本訴請求は、審査決定の目的となる処分(原処分)そのものの取消しまたは変更を求める訴ではなく、被告の審査決定自体の取消しを訴求しているのであるから、被告主張のように原処分について適法な訴願手続を経由していないからといつても、直ちに右原処分に関する審査決定の適否を争う訴が不適法となるものではない。しかしながら、もし原処分自体について既に不服申立の方法がなく、該処分が最終的に確定しているとみられる場合であれば、該処分に関する審査決定のみを取消してみても、もはや原処分には何らの影響も及ぼさないわけであるから、原処分の当否に関係なく審査決定自体の取消しに格別の利益があると認められる特殊の場合を除き、かかる場合の審査決定自体の取消しを求める請求は、保護すべき法律上の利益が認められないことにより不適法な訴といわざるを得ない。

ところで本件について被告は、本件各審査決定において前記再調査請求却下決定の当否に併せ再調査請求の目的となつた前記原処分についてもそれぞれ実体的に審理した結果、その理由がないものとして棄却決定をしたと自認するところ、原告の本訴請求は右実体的審査の面に着目してその取消しを求めているのであるから、このように、一個の審査決定のなかに再調査請求却下の決定を是認した形式的審査の部分と原処分を維持した実体的審査の部分とが併存する関係につき考察しなければならない。右の場合、およそ裁決庁は、再調査請求を内容に立ちいたることなく形式的に却下した原処分庁の決定を相当と認めるのであれば、それだけの理由で直ちに審査請求を棄却すれば足り、ことさら再調査請求の目的となつた原処分に対してまで実体的に審査する必要がないばかりか、むしろそのような実体的判断をすべきではないと解されるが、にもかかわらず、本件におけるごとく、たまたま再調査請求の目的となつた処分に対してまで進んで実体的に審理判断を加えた場合には、それが前記再調査請求却下の決定を是認した裁決庁の態度と矛盾するからといつて該実体的審査の部分が効力を有しないとは解せないのであつて、法人税法第三五条第一項後段の規定によれば、再調査決定に対し審査の請求がなされたときは同時に当該再調査の目的となつた処分に対しても併せて審査の請求がなされたものとみなされるのであるから、該実体的審査の部分は一応右原処分に対する審査の請求に対応して有効になされた行政庁の判断というべきである。

とはいえ、被告主張のように、原告が本件各審査決定の目的たる原処分に対してなした再調査請求が請求の方式に違背することにより違法であり、したがつて右請求を却下した原処分庁の措置を相当として是認したとする裁決庁たる被告の形式的審査決定の部分が正当であるならば、前説示のとおり、原告としてはもはや右原処分自体の当否を争えない立場になるわけであるから、ことさら前記実体的審査の部分のみの取消しを訴求する法律上の利益を欠缺するにいたる。反面、前記形式的審査の部分が違法であれば、前説示のとおり、既に有効な実体的審査を経由しているのであるから、直ちに右実体的審査の部分の当否を争つて出訴し得ることも当然である。

そこで、原処分庁の再調査請求却下の決定を維持したとする被告の形式的審査の部分の適否について検討しなければならない次第であるが、被告は、原告が前記再調査請求に際して法人税法施行規則第三三条により要求されている証拠書類を添付せず、かつその補正指示にもついに応じなかつたから請求の方式に欠陥があるものとして該請求は却下されたのであり、被告もまた該却下決定を維持した旨主張するので、まず同規則が再調査請求に際して証拠書類の添付を要求していることの趣旨等について勘案するに、右は再調査請求の目的となる処分(更正処分等)の当否を調査判断するについて、とりあえず請求当事者からその申立を裏づけるに足る資料を提出させることが、調査の円滑を期するに便宜であると同時に判断の公正をも担保する所以であるとの考慮に基いたものと理解できるところ、該再調査請求について決定処分すべき行政庁としては、必ずしも右証拠書類のみに依拠して調査判断を行わなければならないわけのものではなく、右証拠書類の信憑性に疑いをもつときは、いつでもみずから自由に調査、収集した別個の諸資料を総合して合理的とみられる判断をなすことができるのは明白である。してみると、右再調査請求に際して添付を要求される証拠書類は、請求者の現実の経理状況に応じてできるだけ整備された計算書類であつて、一応請求者の申立を疎明することができるものであれば足りると解するのが相当であつて、被告主張のごとく厳格に規制された計算書類を指称するものとは到底考えられない。けだし、そうでなければ、もし納税義務者の経理内容がひとたび不完全であり、あるいは不可抗力もしくは過失等で正規の決算に必要な諸帳簿を紛失したような場合においても、もはや被告主張のような万全の証拠書類の作成、提出が不可能であることからじ后いかに不合理と考えられる課税決定に対しても全く不服の申立ができない結果となり、その不当なること言をまたない。そして再調査請求に際して証拠書類の添付を要求することの趣旨が前判示の程度のものとすれば、たまたま再調査請求者において所定の証拠書類を添付せず、またその補正指示にも従わなかつたため再調査請求が却下されたとしても、あらためて裁決庁に審査の請求を行つた場合、少くとも右審査の決定がなされるまでに所定の証拠書類を提出すれば、既往の瑕疵はその段階で治癒され、裁決庁としては原処分庁の再調査請求却下の決定を取消し、再調査の目的となつた処分について実質的に審理、判断を加えなければならないと解する。

さて本件についてこれをみるに、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、乙第一ないし五、同第六ないし八の各一、二ならびに証人柴原昭義(第一、二回)、同辻本勇、同H、Eオバラインの各証言ならびに原告代表者沖集司の尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、原告は訴外神戸税務署長が原告に対してなした本件係争各事業年度分の法人税決定処分に対し昭和三二年一月二五日付をもつて再調査の請求をしたところ、原告の右請求書には法人税法施行規則第三三条所定の証拠書類が何ら添付されてなかつたため、同署長は同年二月七日原告に対し、証拠書類として右本件係争各事業年度における財産目録、損益計算書、貸借対照表および附属明細書を同月一三日までに提出するよういわゆる補正命令を出したにもかかわらず、原告は同期日を過ぎても右の証拠書類を提出しなかつたので、同署長は右再調査請求を却下し、ついで右却下決定を不当として原告が被告に対してなした審査請求についても、被告は右署長のなした再調査請求却下の決定を相当と是認し、同年九月二四日付でこれを棄却したこと(もつとも併せて実体的審理も行い、それについても理由なしとして棄却決定に及んだこと前述のとおり)、原告は前記補正指示には結局従わなかつたけれども、再調査請求以前の昭和三一年九月一九日頃前記署長宛に第一事業年度分についてのみの精算表(乙第五号証)を提出しており(原告は第二、三事業年度分についてもあらかじめ試算表(トライアル、シート)を提出した旨主張し、それに副う内容の証拠部分もあるが、他の証拠と対比して措信することができない)、また前記審査請求に際しては、本件各係争事業年度毎に前記乙第五号証と同一形式の精算表を添付提出していること原告会社においては当時経理内容が不充分で右各事業年度毎に商法所定の厳密な決算手続を施行しておらず、基礎資料の整備も不完全な状況ではあつたこと、前記精算表は、いわゆる厳密な意味での決算報告書ではないが、一応前記原告会社の経理状況に応じ、できうる限り整備された資料に基き、各勘定項目毎に金額を算定して記載し、この書類より更に貸借対照表なり、損益計算書を作成することもできるものであることがそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定事実によれば、原告が本件各審査請求に際して添付した前記精算表は、前段説示に徴し、法人税法施行規則第三三条にいう証拠書類に該当するものというべく、したがつてかかる書類が審査請求に際して提出されているのに、そのまま再調査請求を却下した決定を相当と是認した被告の形式的審査の部分は不当であるから、原告としては既に有効になされている実質的審査の部分の当否を争つて適法に出訴しうるものといわなければならない。

結局、原告の訴を不適法とする被告の主張は理由がなく、前記本案前の抗弁は採用しない。

三、そこで本案について判断を進めることとする。

(一)  まず訴外神戸税務署長が本件係争各事業年度における原告の所得金額を推計計算によつて算定したことの当否について検討しよう。

成立に争いのない乙第四、五号証と証人柴原昭義(一、二回)、同辻本勇、同H、E、オバラインの各証言ならびに原告代表者沖集司の尋問の結果を綜合すれば、原告は本件係争各事業年度において現に営業中の法人であつたが、その法人税の確定申告を所定期日に行わないままでいたところ、所轄の神戸税務署長は昭和三一年六、七月頃より再三にわたつて原告に対し右申告方を督促したのに対し、原告は正確な資料の整理に手間取る故をもつてしばしば猶予を求めた挙句、結局は前記精算表(乙第五号証)を提出したに止まり、右申告はなされなかつたこと、原告会社においては当時右各事業年度毎に商法所定の決算手続は行われず、したがつて貸借対照表損益計算書等正規の決算報告書も備え付けていなかつたこともつとも、所定の決算時期よりかなり遅れて試算表(トライアル、シート)が作成されたことはあるが、なおその基礎資料の整備は極めて不完全であつたこと、昭和三一年九月一九日頃原告よりとりあえず第一事業年度分のみにつき精算表(乙第五号証)が提出されたが、これは正規の決算書類ではなく、前叙のようにその基礎資料も不完全であり、かつ同書類に記載されている金額の明細に対する神戸税務署担当係官の質問に対しても具体的な説明がなされなかつたこと等から、信憑性に乏しいものと判断されたこと、以上の事実が認められ、証人H、E、オバラインの証言、原告代表者沖集司の尋問の結果中、右認定に反する部分は措信しない。

さて、右認定におけるような事情のもとでは、原告側の申し出た数字を信用して(第二、三事業年度分については原告より何らの申し出もない)、所得金額を確定することはできないのであるから、推計計算によつてこれを認定することは極めて妥当な措置といわなければならない。

(二)  ついで、前記神戸税務署長が推計したという本件係争各事業年度における原告の所得金額がはたして正当なものであるかどうか判断する。

(1)  売上金額

イ 第一事業年度分について、

被告は、同年度分の売上金額は、既に原告より神戸税務署長宛に提出されていた精算表(乙第五号証)記載の売上金額を基準とし、これに脱漏売上金額を加算して、少くとも金一六、〇〇〇、〇〇〇円はあるものと算定したというのであるが、成立に争いのない乙第五号証の記載によれば、右売上金額は金一五、八四五、一六〇円とされているところ、被告が右脱漏売上金額とする前記被告主張の売上金額と右乙第五号証記載の売上金額との差額金の存在につき、何らの立証もされていないのであるから、同年度分売上金額は右乙第五号証記載の金一五、八四五、一六〇円と認めざるを得ない(もつとも、方式および趣旨により公文書と認めるから真正に成立したと推定する乙第九号証の一、二の記載によれば、同事業年度内である昭和二九年一月分、同二月分における原告の売上金額は、それぞれ金一、九〇六、六一〇円、金二、八四八、四七〇円であることが明らかであり、他の各月の売上金額がこれとほぼ同じ位と仮定すれば、その総計は前記被告主張の売上金額を遥かに超える数額となることが認められるけれども被告の主張によれば、脱漏売上金を加算した旨明言しているのであるから、あくまでその存在を主張、立証しなければならない)。

ロ 第二事業年度分の売上金額が少くとも金二〇、〇〇〇、〇〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

ハ 第三事業年度分の売上金額が少くとも金三五、〇〇〇、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。

(2)  営業利益金額

被告はついで、前顕乙第五号証ならびに別個の調査資料に基き、第一事業年度(昭和二八年度)における原告の工業費(船舶の修理業者に支払う費用で、原告の売上金額に対する原価となるもの)、戻しリベート費(修理の依頼を受けた外国船舶の船長等に支払うリベートで、原告の経費の一部になるもの)、人件費、その他の営業費のそれぞれ売上金額に対する割合を算出し、その各割合の総計を全体から差引いた残りの割合を営業利益率とし、これを六%と算出し、該利益率をさらに第二、三事業年度分についても適用しているので、その当否について勘案する。

被告の主張する工業費率六〇、八五%、戻しリベート費率一二、三五%、人件費率三、一%は、いずれも原告において認めるところであるから、以下当事者間に争いのあるその他の営業費率について考える。

被告は、乙第五号証の記載に準拠して算定した原告のその他の営業費率二一、四一%を余りに高率として否認し、別途に、第一事業年度における原告のその他の営業費を一ケ月当り多くとも金二〇〇、〇〇〇円と判断し、年間所用金二、四〇〇、〇〇〇円と認定したうえ、その売上金額に対する割合を一五、一四%と算定している。そして、原告会社の業務内容と比較的類似していると認められる印刷ブローカーの戻しリベートを含めたその他の営業費率は一九、九%であるのに対し、それに対応する原告の戻しリベート費率一二、三五%を加えた営業費率は二七、四九%にもなるのであるから、前記原告のその他の営業費率は決して過少ではない旨主張するので案ずるに、原告の一ケ月当りのその他の営業費を金二〇〇、〇〇〇円と認定したことについては本件における全立証を通じてみるも何ら具体的な根拠を見つけることはできないので、単に一応の想定がなされたに過ぎないものとみなさざるを得ないが、その方式および趣旨により公文書であるから真正に成立したものと推定し、証人山村秀雄の証言により内容についての真正と合理性を認める乙第一一号証の一、二と証人柴原昭義、同山村秀雄の各証言によれば、原告が業とする外国船舶の修理の仲介業といつた業種の会社は他に見当らず、したがつて原告の業績と直接比照する資料も存在しないわけであるが、比較的類似の業態とみられる印刷ブローカーとの対比においては被告主張のような比照結果が認められ、その限りでは前記原告のその他営業費は過少ではない(なお被告は原告の営業利益率六%を算出するに当つて、原告の自認する工業費率、戻しリベート費率、人件費率ならびに前記被告認定のその他の営業費率のそれぞれコンマ以下の数字を切り上げて計算しているので、それを実数に修正して逆算してみると

100%-60.85%-12.35%-3.1%-6%=17.70%

その他の営業費率は一七、七%、戻しリベート費率を加えた場合三〇、〇五%となる)。

さて、右の結果についてみるに、およそ税法上推計計算が許される場合といえどもできるだけ実額に近似しうる妥当な方法によらなければならないのは勿論であるが、本件においては前叙のとおり諸帳簿類による調査は不能な場合であり、しかも他に原告の業績と比較すべき同業も見当らないのであるから、結局比較的類似の業態とみられる印刷ブローカーとの対比において推計することはやむを得ない措置として是認せざるをえない。もつとも原告は、同事業年度における営業費は乙第六号証の二記載の金額が正しい旨争うが、これを認める資料はなく、また他に前記被告の推計を不当と疑わせるに足る証拠も存しない。

そこで被告の主張する方法により(各比率のコンマ以下を切り上げて)営業利益率を算出すれば六%となる。

売上 工業費 戻しリベート費 人件費 その他の営業費

100%-61%-13%-4%-16%=6%

そして原告は第二、三事業年度分について神戸税務署長に対して何らの資料も提出しなかつたのであるから、同両年度分についても右営業利益率を適用することは正当である。

以上により、本件係争各事業年度における原告の営業利益金額を計算すれば、

第1事業年度分 15,845,160×0.06=950,709円(円以下切捨)

第2事業年度分 20,000,000×0.06=1,200,000円

第3事業年度分 35,000,000×0.06=2,100,000円

となる。

(3)  所得金額

第一事業年度分は、金九五〇、七〇九円

第二事業年度分は、事業税金一一五、二〇〇円を控除した金一、〇八四、八〇〇円

第三事業年度分は、事業税金一二〇、一七〇円を控除した金一、九七九、八三〇円

してみると、神戸税務署長が本件係争各事業年度の原告の所得金額についてなした決定中、第一事業年度分は、金九五〇、七〇九円を超える部分において不当であり、第二事業年度分は、右金額と同一であるから正当であり、第三事業年度分は、右金額より過少であるから正当である。

(三)  既に争いのないように、被告は原告からの審査請求に対し、あらためて神戸税務署長が本件係争各事業年度ににつき原告に対してなした法人税課税処分の内容を検討した結果いずれも正当としてこれを維持し、審査請求を棄却した次第であるから、該各審査決定中、第一事業年度分は前項同様の範囲において不当であり、第二、三事業年度分は正当である。

四、よつて、原告の本訴請求は、主文第一項掲記の範囲において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但し書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 阪井いく朗 浜田武律)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例